相談者のプロフィール
【相談者の情報】
松岡誠一さん(仮)、48歳、東京都江戸川区在住。
旅行代理店の法人営業部で主任として23年間勤務。休職前の年収は約520万円。妻の久美子さん(45歳・スーパーのレジパート、月収約10万円)、専門学校に通う長男・翔太さん(19歳)、中学3年生の長女・彩さん(15歳)、同居の母(76歳・要支援1)との5人家族。
【ローン・物件の上場】
2009年に購入した一戸建て(4LDK)に暮らしており、住宅ローン残債は約2,650万円。
毎月の返済額は約10万2,000円。
物件の現在の査定額は約2,200万円で、残債が売却額を上回るアンダーローン状態。
ご相談の内容
松岡さんが職場でパワハラを受け始めたのは、法人営業部のチームリーダーに昇格した2022年秋のことです。新任の部長から会議のたびに名指しで叱責され、成果を出しても批判が止まることはありませんでした。コロナ禍で法人旅行の需要が回復しきっていない時期に「お前の代になってから数字が落ちた」と繰り返し言われ続け、2023年の春ごろから朝に体が動かない日が出てきました。電車のドアの前で立ち止まるようになり、職場で部長の声が聞こえると頭が真っ白になる状態が続きました。
同年6月、心療内科でうつ病と診断され、そのまま休職に入りました。傷病手当金(月約17万円)を受け取りながら療養を続けましたが、症状は一進一退で、「半年もすれば復職できる」という見通しは外れていきました。そして2024年秋、支給開始から1年6か月が経過し、傷病手当金の支給が終了しました。
その翌月から、家庭の収入は妻のパート代のみ。月収約10万円では住宅ローンの返済額(約10万2,000円)すら賄えません。預貯金を取り崩して返済を続けましたが、2025年1月時点の残高は約38万円まで減っていました。長女が翌春から高校進学を控えていることも、松岡さんの焦りを大きくしていました。
2025年2月、ついに口座残高不足でローンの引き落としができませんでした。銀行からの文書がテーブルに届き、松岡さんはそれを2日間開けることができませんでした。「自分が弱かったせいで家族に迷惑をかけている」という自責の気持ちが強く、妻に状況をうまく話せない日が続きました。
転機になったのは、ある夜の妻・久美子さんの言葉でした。「このまま何もしないのが一番怖い。一緒に考えよう」。責めるのでも励ますのでもない、ただ疲れた、しかし落ち着いた声でした。その言葉を受けてはじめて、松岡さんは「自分だけで抱えていても何も変わらない」と思うことができました。
翌日、「住宅ローン 払えない 休職」と検索し、任意売却という言葉に初めて触れました。しかし「信用情報に傷がつく」「業者に頼むとお金を取られる」といった情報も目に入り、どこに相談すればよいか判断がつかない状態でした。電話をかけるまでにさらに3日かかり、当日は話す内容を紙に書いてから受話器を取ったといいます。
相談所からのご提案・解決までの流れ
ご相談を受けた際、まず松岡さんご夫婦が抱えている不安をひとつひとつ整理することから始めました。「任意売却をすると自己破産になるのか」「競売との違いは何か」「売却後に残った債務はどうなるのか」——これらの点について、正確な情報をわかりやすくお伝えしました。
任意売却は自己破産とは異なる手続きです。債権者(金融機関)の合意のもとで市場価格に近い金額で売却を行うため、競売よりも高い売却額が期待できるケースが多く、売却後の残債については債権者と分割返済の交渉ができる場合があります。一方で、住宅ローンの返済遅延は信用情報に記録されること、売却後も残債が残る可能性があることも、最初の段階で正直にお伝えしました。
松岡さんのケースで特に配慮が必要だったのは、以下の3点でした。
① 同居の母への配慮:母が「この家で最期を迎えたい」と話していたことから、売却の時期や告知のタイミングについて、ご家族で話し合う時間を十分に確保しました。母への説明は松岡さんご自身が行いたいというご希望を尊重し、手続きの進行ペースを調整しました。
② 長女の進学時期との兼ね合い:中学3年の長女・彩さんが高校受験を控えていたため、転居が学区変更に直結しないよう、現住所に近い賃貸物件を優先して情報収集を進めました。売却活動中の内覧についても、学校の定期試験期間を避けたスケジュール調整を行いました。
③ 近隣への情報漏洩への配慮:売却活動が近所に知られることへの不安が強かったため、広告の掲載方法や内覧対応について丁寧に説明し、必要以上に目立たない形で進めることを優先しました。
売却価格については、債権者との交渉を重ねた結果、約2,180万円での売却が成立しました。残債(約470万円)については、松岡さんの現在の収入状況と今後の回復見込みを説明しながら債権者と交渉し、無理のない月額での長期分割返済の合意を得ることができました。引き渡しまでの期間中は現在の自宅に居住を継続でき、転居先は江戸川区内・同一学区内の賃貸物件を確保することができました。
相談者の声

最初に相談の電話をかけたとき、「情けない状況を話さなければいけない」という気持ちが強くて、声が小さくなってしまいました。でも、担当の方が「まず状況を聞かせてください」と言ってくれて、責められるわけでも急かされるわけでもなかったので、少しずつ話せるようになりました。
任意売却について、私はネットで調べた断片的な情報しか持っていなかったので、「どこに頼めばお金を取られないか」「本当に自己破産とは違うのか」という不安が先にありました。最初の面談でそのあたりをきちんと説明してもらえたことで、「ここなら信頼できる」と思えました。
母への説明は正直つらかったです。でも、売却を決めてから転居先が決まるまでのあいだ、担当の方が進捗をこまめに連絡してくれたおかげで、母にも「次の段取りはこうなっている」と具体的に話せました。母は最初「この家を出ることになるのか」と静かに言いましたが、同じ町内に近い賃貸が見つかったと伝えたとき、「そこまで調べてくれたのか」と少し安心した様子でした。
病気のことで自分を責める気持ちは今もゼロにはなりませんが、「早く相談しておけばよかった」というのは本当にそう思います。滞納が始まる前に動いていれば、もう少し選択肢が多かったかもしれません。長女の高校進学にも間に合って、学区を変えずに引越しができたことは、家族にとって一番よかったことだったと思っています。
担当者のコメント

松岡様が最初にお電話くださったとき、声のトーンから「相談すること自体に大きな抵抗がある」ということが伝わってきました。話してくださる内容も、ご自身の病気やローンの滞納よりも、家族——特にお母様と娘さんのことが中心でした。この方にとって、家を売ることより、家族の日常を守ることの方がずっと優先事項なのだと、最初の段階で理解できました。
解決にあたって意識したのは、スピードより丁寧さを優先することです。お母様への説明タイミングや娘さんの受験スケジュールを考えると、手続きを急ぐより、ご家族が納得して進められるペース配分の方が重要でした。残債の分割交渉についても、現在の収入状況では無理な返済計画を立てても意味がないため、松岡さんが体調を回復しながら返済できる現実的な金額での合意を目指しました。
うつ病や休職が原因でローン返済が困難になるケースは、決して珍しいことではありません。「自分のせいで家族に迷惑をかけた」と感じてご相談が遅れる方も多いですが、時間が経つほど選択肢は狭まります。「まだ競売になっていないから大丈夫」ではなく、返済が苦しくなった段階で早めにご相談いただくことを、ぜひお願いしたいと思います。
